
納税、年金……将来への不安が募る中、
出産、育児というライフイベントが加わることで、さらに経済的に不安な気持ちが大きくなってしまうと思います。
ですが、そんな方々の手を差し伸べる
養育期間の従前標準報酬月額みなし措置
というものがありますので、今回はその詳細について説明します。
目次
1 制度の背景と目的
日本では、少子化が深刻な社会問題となっており、政府はさまざまな育児支援政策を講じています。その中でも、働く親が育児と仕事を両立できるようにするための制度整備は重要な柱です。
育児によってフルタイム勤務から時短勤務へ変更したり、パートタイム勤務に切り替えたりすることで、報酬が減少するケースが多くあります。こうした収入減は、将来受け取る年金額にも直接影響します。年金制度は、現役時代の報酬に基づいて年金額が決定されるため、育児による一時的な収入源が、長期的な不利益につながる可能性があるのです。
このような背景から、育児による収入減を年金額に反映させないための措置として、「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」が導入されました。
これは、育児によって報酬が下がった場合でも、育児前の報酬額を基準に年金記録を残すことができる制度です。育児と仕事の両立を支援し、将来の年金不安を軽減するための重要な仕組みと言えるでしょう。
2 制度の概要と仕組み
この制度の核心は、「みなし制度」にあります。
養育期間における取り扱い
具体的には、子が3歳になるまでの養育期間において、実際の報酬が下がっていたとしても、育児開始前の標準報酬月額を年金に反映させることができます。
たとえば、育児のためにフルタイム勤務から時短勤務に変更し、報酬が月20万円から15万円に下がった場合でも、年金記録上は20万円のまま扱われます。これにより、将来の老齢厚生年金の受給額が減ることを防ぐことができます。
育休復帰後の月額変更
育児から復帰した際、時短勤務や残業制限などにより給与が減少するケースがあります。
このような場合、育児休業修了時の報酬月額変更届を提出することで、標準報酬月額を実態に合わせて見直すことができます。
これが、育休復帰時の月額変更(通称月変)です。
計算のポイント
・育休終了日の翌月から3カ月間の給与をもとに平均額を算出
・その平均額に基づいて標準報酬月額を決定
・3か月のうち1か月でも支払い基礎日数が17日以上あればOK
提出は、会社管轄の年金事務所に速やかに提出するようにしましょう。
注意点として、月額変更により標準報酬月額が下がると、保険料は安くなる一方で、傷病手当や出産手当金などの給付額も下がる可能性があります。
例えば、第2子の出産手当金を控えている場合などは、あえて月変を行わない選択肢も検討するケースもあります。
また、育休復帰後に標準報酬月額が下がっても、養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置(養育特例)を申出すれば、将来の年金額は育休前の報酬で計算されます。
ただし、保険料や給付金の計算には影響しないため、注意が必要です。
この制度は、育児による一時的なキャリアの中断や報酬減が、長期的な年金額に悪影響を与えないようにするための配慮です。
特に、女性の就労継続支援や、男性の育児参加促進にもつながる制度として注目されています。
3 対象者と適用条件
この制度の対象となるのは、厚生年金保険の被保険者であり、かつ子を養育している方です。対象となる子は、実子だけでなく、養子や里親委託児童も含まれる場合があります。これは、家庭の多様性に配慮した柔軟な制度設計といえるでしょう。
適用条件としては、以下のようなポイントがあります。
4 手続きの流れと提出方法
「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」を利用するには、所定の申出手続きが必要です。
制度の存在を知っていても、申請をしなければ自動的に適用されることはありません。
ここでは、申出の流れと提出方法について詳しく解説します。
申出書の名称と役割
申請に使用する書類は、正式には「養育期間標準報酬月額特例申出書」と呼ばれます。この申出書を提出することで、年金記録において従前の標準報酬月額を適用する旨を日本年金機構に伝えることができます。
提出タイミング
申出は、養育開始月以降であればいつでも可能です。
ただし、過去にさかのぼって適用できるのは「申出日の前月から2年間まで」と定められているため、できるだけ早めの申請が推奨されます。
提出方法と提出先
申出書の提出方法は、以下の3つがあります
1.事業主経由で提出(在職中の場合)
現在勤務している事業主を通じて、年金事務所または事務センターに提出します。企業の人事・労務担当者が窓口となるため、従業員本人が直接提出する必要はありません。
2.本人による直接提出(退職者の場合)
退職後に申出を行う場合は、本人が直接提出する必要があります。
提出方法は、窓口持参・郵送・電子申請のいずれかを選択できます。
3.電子申請(マイナポータル経由など)
最近では、電子申請の環境も整備されており、マイナポータルやe-Govを通じて申出書を提出することが可能です。電子申請は、書類の不備が減り、処理にも迅速になる傾向があります。
提出先の確認
提出先は、原則として被保険者の住所地を管轄する年金事務所または事務センターです。提出先の詳細は、日本年金機構の公式サイトや「ねんきんネット」で確認できます。
事務上の注意点
・複数事業所で勤務していた場合は、それぞれの事業所から申出書を提出する必要があります。
・退職後に申出を行う場合は、本人確認書類の添付が求められることがあります。
・電子申請を利用する場合は、マイナンバーとの連携が必要になるため、事前に準備しておくとスムーズです。
5 必要書類と添付資料
制度の申出を行う際には、申出書だけでなく、養育の事実や本人確認を証明するための添付書類が必要です。書類の不備や不足があると、審査に時間がかかるだけでなく、申出が受理されない可能性もあるため、事前の準備が非常に重要です。
基本的な添付書類
申出にあたって、以下の書類が必要となります
1.戸籍謄本または住民票
・子との関係(親子関係)を証明するために必要です
・住民票の場合は、続柄の記載があるものを選びましょう
・発行から90日以内のものが有効とされているため、古いものは再取得が必要です
2.本人確認書類
・運転免許証、マイナンバーカード、健康保険証など
・電子申請の場合は、マイナンバーとの連携が求められることがあります
3.養育開始日が確認できる書類(必要に応じて)
・保育園の入園通知書や育児休業開始通知などが該当する場合もあります
特別なケースで必要な書類
以下のようなケースでは、追加の書類が必要になります
・養子の場合
→特別養子縁組の成立を証明する家庭裁判所の決定書など
・里親委託児童の場合
→児童相談所からの委託証明書や委託契約書
・親権者が変更された場合
→親権変更の登記簿謄本や裁判所の決定書
これらのケースでは、子との養育関係が一時的または法的に複雑なため、制度の適用可否が慎重に判断されることがあります。書類の正確性と網羅性が重要です。
書類省略が可能なケース
一部のケースでは、添付書類の省略が認められることもあります。例えば下記が該当します。
・マイナンバーが正しく登録されている場合
→戸籍謄本や住民票の提出が不要になることがあります。
・事業主が養育の事実を証明される場合
→育児休業取得記録などが代替資料として認められることも
ただし、書類省略をする場合は、事前に年金事務所へ確認することが強く推奨されます。省略によって審査が長引くケースもあるため、確実性を重視するなら添付するほうが安心です。
事務上のポイント
・書類はコピーで提出可能なものと原本が必要なものがあるため、提出前に確認しましょう。
・書類の不備による差戻は、申出のタイミングを遅らせる原因にもなります。
・電子申請の場合でも、PDF化した添付書類のアップロードが必要です。
6 制度利用時の注意点
「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」は、育児による収入減を年金に反映させないという非常に有益な制度ですが、利用にあたってはいくつかの注意点があります。制度の趣旨を正しく理解し、適切に申出を行うことで、将来的なトラブルや損失を防ぐことができます。
労働時間や報酬の変動に注意
制度の対象となるのは、あくまで「報酬が下がった場合」です。
育児期間中でも報酬が変わらない、あるいは上がった場合には、みなし措置の適用は不要です。逆に、報酬が下がっているにもかかわらず申出をしないと、年金額が減ってしまう可能性があります。
また、育児休業中に無給となる場合でも、復職後に報酬が下がっていれば、申出の対象となることがあります。育児休業明けのタイミングで、報酬の変動を確認することが重要です。
複数事業所で勤務していた場合
同時期に複数の事業所で勤務していた場合、それぞれの事業所から申出書を提出する必要があります。
これは、標準報酬月額が事業所ごとに記録されているためです。
一方の事業所のみで申出を行った場合、もう一方の記録には反映されないため、注意が必要です。
再申請が必要なケース
制度の適用は、原則として子が3歳になるまでの期間に限られます。
しかし、たとえば第1子の養育期間が終了した後に第2子の養育が始まった場合など、新たな養育期間が発生した場合には、再度申出が必要です。
また、過去に申出を行ったが、報酬がさらに下がった場合なども、再申出によって記録の更新が可能です。制度は一度きりではなく、状況に応じて柔軟に活用できることを覚えておきましょう。
適用可能な過去期間の制限
申出は過去にさかのぼって行うことができますが、申出日の前月から2年間までという制限があります。たとえば、2025年9月に申出を行った場合、2023年8月以降の養育期間に対してのみ適用されます。
この制度を超えた期間については、制度の適用ができないため、申出のタイミングを逃さないことが非常に重要です。育児休業明けや報酬変更のタイミングで、制度の利用を検討することが推奨されます。
年金記録への反映と確認方法
申出が受理されると、年金記録に従前の標準報酬月額が反映されます。ただし、反映までには一定の時間がかかるため、「ねんきんネット」などを活用して記録を確認することが大切です。
記録が反映されない場合は、年金事務所に問い合わせることで状況を確認できます。将来の年金額に直結する制度だからこそ、記録の確認とフォローアップが欠かせません。
7 企業・労務担当者の対応ポイント
「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」は、個人が申出を行う制度ではありますが、企業の労務担当者がこの制度を理解し、適切に対応することは、従業員の安心感や信頼感の向上につながります。特に育児休業から復職する従業員にとっては、制度の案内があるかないかで、将来の年金額に大きな差が生じる可能性があるため、企業側の対応は非常に重要です。
制度の周知と案内
この制度は、法律上企業に周知義務があるわけではありません。しかし、育児支援や働き方改革の一環として、制度の存在を従業員に案内することは、望ましい対応です。
特に、以下のタイミングでの案内が効果的です。
・育児休業開始時
・育児休業からの復職時
・時短勤務やパート勤務への変更時
これらのタイミングで、制度の概要や申出方法を説明することで、従業員が制度を活用しやすくなります。社内イントラネットや人事面談時に案内するのも有効です。
就業規則や社内マニュアルへの反映
企業として制度を積極的に支援する姿勢を示すためには、就業規則や社内マニュアルに制度の概要を記載することも検討に値します。例えば、「育児休業から復職する従業員に対して、年金制度に関する案内を行う」などの文言を盛り込む記載で、制度の活用の促進できます。
また、労務担当者が内容を理解していないと、誤った案内や申出書の不備につながる可能性もあるため、担当者向けの研修や情報共有も重要です。
電子申請の活用による業務効率化
近年では、電子申請の環境が整備されており、マイナポータルやe-Govを通じて申請書を提出することが可能です。企業側が電子申請を活用することで、以下のようなメリットがあります。
・書類の不備が減る
・処理スピードが向上する
・ペーパーレス化による管理負担の軽減
特に、複数の社員が同時期に育児休業から復職する場合などは、電子申請によって業務効率が大きく向上します。
従業員とのコミュニケーション
制度の案内だけでなく、従業員との対話を通じて不安や疑問を解消することも、労務担当者の重要な役割です。「この制度を使うと将来の年金額がどう変わるのか」「申出をしないとどうなるのか」といった疑問に丁寧に答えることで、従業員の安心感が高まります。
また、制度の申出は本人の意思によるものであり、強制ではありません。そのため、制度のメリット・デメリットを中立的に説明する姿勢が求められます。
まとめ 制度を活用して安心して育児と仕事を両立
「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」は、育児による一時的な収入減が将来の年金額に不利に働かないようにするための、非常に重要な制度です。特に、育児休業や時短勤務などで報酬が下がる可能性がある方にとっては、将来の生活保障を守るための制度的なセーフティネットといえるでしょう。
この制度は、単に年金額を守るだけでなく、育児と仕事の両立を支援する社会的なメッセージも含んでいます。育児によってキャリアが一時的に停滞しても、それが将来の不利益につながらないようにするという考え方は、働く親にとって大きな安心材料です。
また、制度の申出は本人の意思によるものであり、申請しなければ適用されません。だからこそ、制度の存在を知り、適切なタイミングで申出を行うことが非常に重要です。企業の労務担当者や人事部門が制度を理解し、従業員に案内することで、より多くの人がこの制度の恩恵を受けることができます。
さらに、電子申請の活用や書類の準備を通じて、申出手続きは以前よりもスムーズになっています。制度の活用には多少の手間がかかるかもしれませんが、その効果は将来の年金額という形で確実に返ってきます。
育児と仕事の両立は、個人の努力だけでなく、制度的な支援があってこそ実現できるものです。この制度を活用することで、安心して育児に取り組みながら、将来の生活設計にも自信を持つことができるでしょう。
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